| 物資到着・配給のご報告(2)〜現地隊員からの手紙〜 |
テグシガルパ 1999年 1月23日
大変お待たせいたしました。援助物資配給の件の詳細をご報告いたします。
先日簡単にFAXでご連絡致しました、1月13日〜14日にかけてリマに行き援助物資の配給を行ってきました。
昨年12月14日〜18日までの間に空港より引き取り、クリスマスプレゼントも兼ねて年内に被災者に配給をと考えていました。しかし、税関の関係とソニアさんが予定より早く休暇を取ったため、ズルズルと年を超す羽目になりました。13日にリマに到着したときには、合計54箱は既に開閉されており、550kgの援助物資はソニアさんの指示により100袋のビニール袋に分けられている状態でした。私たちは100袋の援助物資の内容を確認しようと思いましたが、ソニアさんの方で内容を確認し明細書を用意していたので、改めて確認することは避けました。
「私たちが到着したときに、少しでも仕事を少なくするため」というソニアさんの行為にはとても感謝しています。
2つの中学校で生活している被災者の状況は別紙のとおりです。援助物資の配給方法としては、1〜3人の家庭に1袋、4人家族には2袋、5〜8人の家族には3袋といった具合で配給しました。1袋が28家族、2袋が9家族、3袋が18家族で合計55家族でした。
また、「この服はいやだ、あの袋のほうが量が多い」などという不平不満の声は全く無く、「ありがとう、ありがとう、日本に帰ったムチャチョ(私のこと)によろしく伝えてください」という感謝の声でいっぱいでした。写真にはたくさんの被災者が写っていないのは、配給時の混雑を防ぐためにいくつかのグループに分けて集めたことと、大部分の人は仕事を見つけ日中は働きに出かけていることによるものです。仕事といってもしっかりとした定職についたわけではありませんが、リマ市内のヘドロの撤去作業やサン・ペドロ・スーラの工場で下働きをしているそうです。
滞在期限は最長1月15日までで、既に過ぎてはいますが、週に2〜3家族は非難所を出て新しい生活を始めているとのことです。
私たちが見たリマ市内の感想は、埃、ほこり、ホコリで、とにかく埃っぽいのが第一印象でした。まだ水が引いていない場所が至るところにあり、排水作業に追われている人もいました。また、市内のヘドロの大部分は撤去されてはいましたが、なんと言ってもドブ臭いのが気になりました。治安の方は悪くなっているとは感じられませんでした。と、以上のことが援助物資配給の件の大まかな報告です。
私たちの語学の足りないところを補ってくれたソニアさんと、運転手のマリオさんのおかげで、当初予想していたようりはスムーズに配給作業を終えることができ、2人にはとても感謝しています。ホセ・ルイスにはサン・ペドロ・スーラまで連れて行ってもらう約束をすっぽかされましたけれど・・・。
何か質問があればご連絡ください。
それではこの辺で失礼します。お元気で。
K.
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